部活動を立ち上げる苦難。「聖和学園」の原点【連載:第3回/前篇】

ドリブラーが集う宮城県の聖和学園。いまでこそ代名詞となったドリブルで魅せるサッカースタイルはどのように育まれたのだろうか。

小林健志| Photo by 小林健志 Takeshi Kobayashi|シリーズ:「聖和学園」

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Photo by Takeshi Kobayashi

■「共学化してサッカー部を作ってもうまくいくわけない」

 新しいチームの立ち上げというのは極めて難しい。先述のように聞く耳を持とうとしない人もいた。

 当時聖和学園と同様女子校から共学化しサッカー部を作ったもののうまくいかないチームもあったことから「共学化してサッカー部を作ってもうまくいくわけない」と言われたこともあったという。

 その時、一つ決めていたことがあったという。

「自分の経歴、グランパスのことは一切話しませんでしたね。格好付けているように言われてしまうので」名古屋グランパスでJリーガーとしてプレーした過去は一切語らず、何を言われても頭だけを下げて選手集めに奔走し続けた。

 こうして2003年立ち上がった聖和学園男子サッカー部だが、ドリブルを主体とする個人技サッカーはお手本となるチームが無く、イメージさせるのが難しかった。

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