【連載 第3回】7人の子どもとはじまったスクール指導者から市船コーチへ。元プロ選手・式田高義さんが考える“壁にぶつかっても逃げない”子どもの育て方

連載企画第三回、市船の式田高義コーチが歩んだ指導者としての変遷について伺った

田中瑠子| Photo by Editor|シリーズ:高校サッカー部探訪記

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船橋市立船橋高等学校

全国高等学校サッカー選手権大会で優勝5回の強豪・船橋市立船橋高等学校サッカー部

 全国高等学校サッカー選手権大会で優勝5回の強豪・船橋市立船橋高等学校サッカー部(以下、市船)で、2016年4月からコーチを務める式田高義さん。

 2003年にジョカーレフットボールクラブを立ち上げ、小学生から中学生の指導歴も長い。指導者として式田さんが大切にしてきた思いとは。「子どもたちの笑顔に背中を押されてきた」と話す式田さんのサッカー観を聞いた。

たった7人で始まった小さなサッカークラブ

 市船OBとして、卒業後はジェフユナイテッド市原、アルビレックス新潟でプレーをしてきた式田さん。選手を引退後、指導の道に進んだのは、米倉誠さん(元名古屋グランパスエイト)がコーチをしていたヨネクラサッカースクールでの経験が大きかったという。

「2年間、スクール運営のお手伝いをさせてもらい、いろんな表情を見せる子どもたちの指導に夢中になりました。現役を引退した直後は、サッカー選手として活躍する同期の姿を見るのも苦しかったのですが、『楽しかった!』と目をキラキラさせながら帰っていく子どもたちの姿に救われたんです。サッカースクールを立ち上げようと決めたのは、子どもの笑顔を増やしたいという思いからでした」

 そうして、2003年に自分の育った地元・市川でジョカーレフットボールクラブを設立。しかし最初に参加したのはたった7人だった。

「“ジェフユナイテッドの元選手”が立ち上げるクラブなんだから、(子どもたちは)大勢来るだろう。そんな甘い考えを初日に打ちのめされました。必死でアルバイトをしながら資金をため、チラシをポスティングして生徒募集する泥臭い日々。『本当に続けられるんだろうか』という不安もあったけれど、7人の子どもたちを絶対にうまくさせる、サッカーを好きにさせる、という思いが揺らぐことはありませんでした。3年目には50人になり、6年目にはジュニアユース(中学生)チーム立ち上げ。現在は250人の大所帯チームとなりました」

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