部活動を立ち上げる苦難。「聖和学園」の原点【連載:第3回/前篇】

ドリブラーが集う宮城県の聖和学園。いまでこそ代名詞となったドリブルで魅せるサッカースタイルはどのように育まれたのだろうか。

小林健志| Photo by 小林健志 Takeshi Kobayashi|シリーズ:「聖和学園」

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Photo by Takeshi Kobayashi

■選手集めに奔走する日々

「あなたに何ができるんですか……」

 聖和学園に男子サッカー部を立ち上げるため、中学校訪問を重ねていた加見成司監督は、ある中学校を訪れて言われた言葉を今でも覚えているという。女子校だった聖和学園は2003年からの共学化に伴い、男子サッカー部を設立する動きがあった。

「8月から設立するように言い続けていた」という当時女子サッカー部のコーチだった加見監督。設立が決まったのは2002年の10月。それから毎日中学校のサッカー部に電話をかけ、訪問する日々が続いた。

 一日2校ペースで行った時期もあったという。

「あの時は常勤講師だったので、中学校訪問をやったことがなくて、やり方も分かりませんでした」と加見監督は当時を振り返る。

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