ドリブルサッカーはどのように生まれたのか。「聖和学園」の起源【連載:第2回】

ドリブラーが集う宮城県の聖和学園。いまでこそ代名詞となったドリブルで魅せるサッカースタイルはどのように育まれたのだろうか。

小林健志| Photo by Takeshi Kobayashi|シリーズ:「聖和学園」

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現在、聖和学園の選手たちは人工芝グラウンドの環境で練習する Photo by Takeshi Kobayashi

「人工芝グラウンドになって休み時間でもボールを触る子が増えました」
 練習に励む選手たちを見ながら、加見成司監督は目を細めた。

 2016年春、聖和学園高男子サッカー部が練習を行う三神峯キャンパスに念願の人工芝グラウンドが完成した。それまで芝の上での練習は、試合前などに宮城県内の人工芝グラウンドを借りて練習を行う状況だったが、常時人工芝で練習を行える状況を整えた。

 足下の技術を高めるドリブルサッカーが持ち味の聖和学園の念願が叶ったのだ。宮城県リーグでは、セカンドチームやサードチームの公式戦における自校開催が実現し、高円宮杯U-18プリンスリーグ東北も最終節日大山形戦ですでに初の自校開催が予定されている。

 2016シーズンの聖和学園はプリンスリーグ東北前半戦、なかなか勝点を積み上げられず、宮城県高校総体も準決勝で敗退した。そこから6月の東北高校サッカー選手権では快進撃を見せ、見事初優勝を飾った。チームの状態が上向くとともに、プリンスリーグ東北後半戦では上位チームからも勝点を奪取。真新しい人工芝グラウンドで日々技術習得に励んだ成果は着実に現れてきている。

 この恵まれたピッチになる以前、先人たちの苦労あったことはあまり知られていない。聖和学園高男子サッカー部が誕生した2003年。「三神峯キャンパス」という場所で練習を行い、高校の部活動がそうであるように、そこに広がっていた土のグラウンドから第一歩を歩みだした。

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